東京と春

東京に行くと、情報量が多くていろんなことを考える。

 

芸大の受験生とか ふと気づくと見えるスカイツリーとか

東京は狭いようで広くて 土地や道がどう繋がっているのか

東京で車に乗らない私にはわからない。

どこまでも街が続いていて 街行く人はみんなこぎれいだ。

ホームレスの異物感が目立つのはそのせいかもしれない

田舎のスーパーに買い物にくる人たちで

あんなにきれいにしている人たちはあんまりいないし

この街の、周りの充実した目が気になる

 

 

この街にあるもの、残っていくものは

すべてキレイでセンスがいい。

自分の想像力の拙さ、卑小さに驚く。落胆する。

想像できること、以上のことが

ここにはあって、輝いている。

自分が何をしなくても

すばらしいものは存在するって

証明される。

 

絵を描くのが好きだったのは随分前のことになってしまった

これといってすることもない田舎で

自分が思いつく、妄想した世界を形にするのが楽しかった

ここよりも楽しい世界があると思った。

 

 

大人になってみると

キラキラすることでさえ大変なのだと知る

茶髪の巻き髪も ミュウミュウのバッグも デトックスウォーターも

関係ないところで生きている

少し知ってみたいなと思いながら 行動できないまま。

 

 

上野でカラヴァッジョ展を見て

さあ帰りの新幹線に乗ろうと品川へ向かおうとしたとき、

60代くらいの夫婦が西洋美術館の庭で記念撮影をしていた。

桃か梅か、花の香りが漂って その日は暖かかった。

 

 

「がんばらなきゃ」って思えないこと

罪のように思ってたけど

その意気込みが今の自分には効果がないなと思った

能動的に楽しさから積み上げれないのかな

あんな日がまた来ますように

春もやっぱりいい。